第10回地域包括ケア病棟研究大会
【パネルディスカッション】
地域共生社会に向けた地域包括ケア病棟の役割
【座長】加藤章信
それでは、時間となりましたので、パネルディスカッションを始めたいと思います。
御紹介いただきました、司会を担当いたします、地域包括ケア推進病棟協会の副会長を担当しております、盛岡市立病院の加藤章信と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
さて、新型コロナウイルス感染症は昨年の5月から類型が5類となりました。しかしながら、御高齢の、特に超高齢者と言われるような方たちの入院がなかなかおさまらず、受け入れられてこられました医療機関の皆様方の大変な御負担があったものと思います。
一方で、医療機関を取り巻く環境には大きな変化がありまして、不要不急な受診は控えるということはニューノーマルとなりましたし、今日の午前中から午後にかけて様々御講演があったように、人口減少も相まって、患者が減るポストコロナ時代の真っただ中にあると言えると思います。
また、今回の6月からの診療報酬改定は、今御講演がございましたように非常に新しい方向が出ましたけれども、医療機関にとっては若干厳しいところもあるということであります。こういった状況に負けることなく運営していく必要があります。
地域包括ケア、地域包括医療病棟の新設もありまして、当協会は、地域包括ケアシステムを推進するために、地メディと地ケアと両方合わせた形で地域包括ケア推進病棟という名前に変えて、皆様とともにこの地域包括ケアを進めていくということが協会のミッションと考えております。
今回の第10回のこの研究大会は記念すべき大会であります。今後の地域共生社会ということにフォーカスを当てたテーマを西村研究大会長先生からお示しいただいたということは、貴重なテーマだなと理解しております。
本日は4名のパネリストの方に御登壇いただいて御発表いただきますけれども、いずれも、それぞれの地域で我が国のトップランナーとして御活躍されておられる方ですので、今後の展開を含めて実践的な、かつチャレンジングなお話をいただけるものと期待しております。
初めにそれぞれの先生方から御発表いただいた後に、時間を見て、総合討論を行うことができればというふうに考えておりますので、よろしくお願いいたします。
加藤章信
それでは、早速、第1席を始めたいと思います。
第1席は、この地域包括ケア推進病棟協会の会長で、医療法人社団和楽仁芳珠記念病院の理事長をお務めの仲井培雄先生から御発表いただくこととしております。
先生の御略歴につきましては抄録集にございますけれども、1985年に自治医科大学を御卒業されまして、2004年から芳珠記念病院の理事長、そして2014年から地域包括ケア病棟協会の会長をお務めであります。 今日は、「地域共生社会に向けた地域包括ケア病棟の10年の歩み」ということで御発表いただくことになっております。それでは、先生、どうぞよろしくお願いいたします。
「地域共生社会に向けた地域包括ケア病棟の10年の歩み」
仲井 培雄
(地域包括ケア推進病棟協会会長 / 医療法人社団和楽仁芳珠記念病院理事長)
改めまして、皆さん、こんにちは。よろしくお願いいたします。
加藤先生、御紹介ありがとうございました。
それでは、早速進めたいと思います。
詳しい10年間の振り返りというのは、実はこの前の総会で講演をしまして、ホームページにアップロードしてありますので、どなたでも、非会員の方でも御覧になれますので、もしよろしければこちらを御覧ください。同じ内容をしゃべると、両方聞かれた人は面白くない思いをされるかなと思って、こちらはこちらで御覧いただければと思います。
まず、第1部ですね、地域包括ケアシステムから地域共生社会ということで、地域包括ケア病棟は2014年に亜急性期病棟に替わってという言葉を使っていいかどうか分かりませんが、誕生して今年で10年を迎えるわけです。地域包括ケア病棟の役割は、ここに書いているとおりでして、ポストアキュート、サブアキュート、在宅復帰支援、これで地域包括ケアのシステムを支えるんだと。
そこにいる患者さんは、高齢で複数の病気があって、ADLと栄養、認知機能低下、ポリファーマシー。入院前から継続して入院中も生活支援とか意識決定支援が必要だと。リハビリはどちらかというと生活復帰を目指す廃用症候群・認知症モデル。QODとQOLの価値観はそれぞれ異なるし、介入のエビデンスは乏しいので、ACPや多職種協働では必須ですというお話をいつもしております。
これが26年度にできたときの基準ですけれども、この矢印のところは今も変わらないというところであります。ここに書いてあるポストアキュート、サブアキュート、在宅復帰支援ですね。
この頃は、地域包括ケアシステムや地域のニーズを御当地ごとに捉えた上で、在宅復帰支援機能を基軸に、御当地ニーズに寄り添えるように、他病棟の機能が活きるようにカスタマイズできるんだということを言っております。
地域共生社会のことですけれども、地域包括ケアシステムは、団塊の世代が75歳以上を迎える2025年、地域共生社会は団塊ジュニアの世代が65歳以上になる2040年をめどに実現することになっています。
地域共生社会の理念はここに書いてあるとおりで、縦割り、支え手、受け手という関係を超えて、地域住民、地域の多様な主体が参画し、人と人、人と資源が世代や分野を超えてつながることで、住民一人ひとりの暮らしと生きがい、地域をともにつくっていく社会を目指すとなっております。
この地域包括ケア研究会の2040年に向けた調整の中には、地域包括ケアシステムは地域共生社会の実現のための仕組みなんだと書いてあります。
地域共生社会に資するトリプル改定ということですが、先ほどの眞鍋先生が詳しくお話しされたのでここは割愛します。2014年度に創設された地域包括ケア病棟は、急性期からの受入れ、在宅・生活復帰支援、緊急時の受入れというものでしたが、こういうシンプルな、本当にシンプルな入院料でした。それが2018年度で少し変わりまして、基礎的な部分と、それから実績を重視する部分の2つの評価の2階建てになって、さらに、それぞれ入院料・管理料1から3についてはいろんな基準がついてきたというものであります。2020年度はコロナの感染症に寄り添うことになった。
そういう中で、マルチモビディティというキーワードが出てきまして、地域包括ケア病棟に入院するような患者さんはこういう方が多いねという話になりまして、これをかなりクローズアップして今も話しております。マルチモビディティがありますと、とにかく患者さんにとって不利益が多くて、ケアが分断して、ポリドクター、ポリファーマシーになるというのが結構一番大きなポイントかもしれません。救急受診とか予定外入院が多くなるし、ガイドラインによるエビデンスはあまりないので、アウトカムは患者のQOLの向上になるんだという話をしておりました。
それぞれ、ポストアキュートといわゆるサブアキュートの患者像はこんなですよという中に、マルチモビディティとコロナのことが入ったのが、2023年度にこういうふうに変えたところであります。
在宅復帰支援のところはあまり変わらないです。院内の多職種協働と地域内の多職種協働の力をつなぐのがこのソーシャルワーカーであったり、ケアマネージャーであったり、地域連携室、入退院支援室であったりするわけですね。
この頃にはこんな言い方をしておりました。やるべき医療の実践として、総合診療や老年医学のマインドを持つ医師とともに、急性期後や在宅療養中のマルチモビディティ患者を病棟で受け入れる、在宅でみる地域診療拠点。特に高齢虚弱のマルチモビディティ患者を診ようというふうに言っておりました。
これは2024年度の改定ですね。
地ケア病棟は、地域包括ケアシステムや地域共生社会に資する病棟であることは、この3つの病棟機能と、それを修飾する過去10年間で進化した様々な要件や加算からも理解できると思います。例えば地ケア病棟入院料・管理料の類型は、いわゆるサブアキュートの受入れの割合や、自院一般病棟から転棟したポストアキュートの患者の割合、在宅医療等の実績で構成されています。
また、こちらの40日以内と41日以降は、改定された3つの入院料通則と、リハビリ・栄養管理・口腔の一体的取組をよりどころにした、「ときどき入院、ほぼ在宅」の強化。これがこの41日目以降の入院料・管理料の逓減制をもって実装されているんだというふうに理解しております。QOLを成果とする高齢虚弱マルチモビディティ患者への退院支援強化が急務となります。
あと、医療と介護の連携の推進、医療と障害福祉サービスの連携の推進というところでは、地域包括ケア病棟では協力医療機関になるということが望ましい。急変時の往診や入院受入れ、それから介護施設や障害施設、末期がんの緩和ケアなどですね。急性期一般病棟を有する病院では、入退院支援加算1・2に関しては、病院・診療所との連携を1以上、地ケア病棟を持っている病院では、介護・障害福祉サービスやケアマネージャー等との連携を5以上求めるということになりましたし、いろいろありますが、医療的ケア児に対する入院前支援の評価の新設や、就労支援の医療機関と障害福祉サービスの連携の推進なんかも、共生社会を促すものというふうに理解しております。
こちらは、リハ・栄養・口腔ケアの一体的取組の評価とか、感染対策向上加算の介護施設の連携とか、在宅患者支援病床初期加算に係る介護施設等の患者の下り搬送とか緊急搬送の評価とか、在宅復帰率の分子の条件の見直しとか、地域の事業所や多職種のよりよい連携を求めているというふうに思っています。
在宅医療等の実績は、まさに地域包括ケアシステムを活性化して、地域共生社会の実現のための仕組みとして機能していると。
今回は介護保険の訪問看護と医療保険の訪問看護が同じ扱いになりましたけれども、そういうような細かい進化はこれからも続いていくものと思われます。
地域共生社会の実現に一歩近づくためのポンチ絵として、介護だけではなくて、障害という言葉も入ってまいります。
地域包括医療病棟は、高齢者救急の機能を特化して進化させた地域包括医療病棟と思っていまして、これは地域包括ケアシステムに厚みが増すというところでございます。
ここに書いてある文言のとおり、地域包括医療病棟入院料を算定する病棟は、高齢者の救急患者に対して、一定の体制を整えた上で、リハ、栄養管理、入退院支援、在宅復帰の機能を包括的に提供するんだ。治しまたは支える高齢者医療、高齢者救急のマスターピースということを考えています。
これは先ほどから御説明ございましたので。
我々が思っているのは、このグラデーションですね。先ほどの絵で、急性期と地域包括ケア病棟というのはここに書いてありましたけれども、さらにもっと奥には高度急性期があるわけでして、こういうのが青だとして、地域包括ケア病棟は赤だとすると、この地域包括医療病棟とか10対1は紫色になるのかなと。その中での高齢者救急のマスターピースとして地域包括医療病棟、地域包括ケアのマスターピースとして地域包括ケア病棟があるというふうに考えております。ちなみに、このグラデーションを提唱したのは医療法人協会の太田先生です。
成長期の地域包括ケア病棟として、今回の改定を経て、さらにここの文言を変えたんですけれども、急性期後や在宅療養中の高齢虚弱患者、特に自宅・施設のかかりつけ患者について、病棟で受け入れる、在宅でみるということをしましょうというふうに書きました。加えて、高齢者救急なら地地域包括医療病棟ということです。
次に、共生社会を目指す取組として、地域共生社会というのは、今の地域包括ケア病棟を有する病院が高いレベルで施設基準を満たせば実現できるかというと、そうではないと。医療や介護に加えて、福祉や子育て、行政とのつながり、地域を支える基盤、この連携が必要になると思います。
ちなみに、私のところの御紹介をしますと、石川県能美市は人口5万人弱で、高齢化率は26.5%になります。本当はもうちょっと多かったんですが、コロナで1,000人ほど減りました。住みよさランキングはトップ30にいつも入っていまして、能美市は27位でした。これ、北陸3県の9都市がランクインしていまして、6月から理事になっていただいた池端先生の福井市が第2位に躍進しております。新幹線と恐竜の効果でしょうか。
それから、ほうじゅグループの取組としてお話ししますと、現在の機能は183床ですが、地震やらコロナやらでなかなか看護師が集まらなくて、1つ病床を休んでいまして、9床休床になっています。66床のDPC急性期一般1と地ケア、回リハ、回リハの中に地ケア管理料、障害者棟と、その他に介護医療院が60床あります。
そのほかにもいろんな施設がございます。芳珠記念病院は、1983年6月13日に、前理事長の信念と、地域・行政の要望が共鳴して誕生した公益的民間総合病院と言っているんですが、それと併設の社福とともにつくるほうじゅグループというのは、予防・医療・介護・福祉・子育ての複合体と言っております。
この中でも、このG-Hillsというところですけれども、通所介護、障害児・学童・0-2歳児・病児の保育、配食サービス、地域カフェ等を提供しておりまして、芳珠記念病院の発達障害の午後の予約外来も開設しております。地域包括ケア支援センターも受託していますので、様々な行事を通じて地域の方々や施設の利用者同士、家族・職員との関係を構築しているというところでございます。
ちなみにですね、これ、ちょっと見にくいんですが、何を言いたいかというと、こちらは主に社福でやったような事業ですが、こっちは年代ですね、地域包括ケア病棟を始めた2014年はここになります。その前後にこういう通所や訪問事業をいっぱいやり始めたんですが、ここから地域包括ケア病棟を始めて、1年ちょっとで療養病床が30床休床になりました。つまり、今まで入院しなくてもいい人が入院していたと私は判断しています。こういうものをつくることによって、どんどん在宅に行けるようになった。さらに2019年、地ケアをつくってから5年目ですね、療養病床60床全てを休床しております。あとは返上して、今の状況になっております。
なので、一見地ケア病棟と関係なさそうですけれども、この開設と前後して開設したいろんな在宅の施設が療養病床60床を返上するきっかけをつくったと。「ときどき入院、ほぼ在宅」が進んだと思っております。
コロナの前は、知っている人は知っていると思うんですが、赤ふん坊やが来てくれましたし、それからジャガイモ掘りとか七夕づくりとか、本当に幼老障がごちゃまぜです。子ども食堂では真夏に流しそうめんをやって。これ、ほとんどお金がかかってないんですよね。この流しそうめんの台は青年団が貸してくれたし、そうめんなんていっぱいいろんな人がくれましたし、ここに立っている女の人は職員かボランティアかどっちかです。
ただ、やっぱりコロナで交流が非常に大変でした。かなりへこみました。あっちも駄目こっちも駄目、んーってなりましたけれども、何とか細々とやっていました。一応オミクロンになってから、物の交流、オンラインの交流、場所の交流ということでいろいろやり始めまして、それなりに楽しくはなってきたところです。
一方、2000年から、障害を持つお子さんや要支援者の高齢者のお世話を毎日される家族にレスパイトケアを提供していたんですが、コロナ等で休止になりました。今、アフターコロナになって、今年久々に復活しました。
これ、いろんな目的があるんです。今回の場合はネクストステップという児童発達支援・放課後デイサービスの心身障害児童との交流を復活させて、子どもたちには社会活動参画や自立の機会、家族はレスパイトケアを受ける機会、そして新入職員は相互理解の基に友達として交流する機会を得ました。もう一つあるんです。病院と地域としては、こういう家族の人と、それから子どもさんと職員、新入職員は全員ですから、これが仲よくなることによって受診しやすくなるんですね。これは結構大きなポイントだと思っております。こんなふうにして、みんなで楽しく過ごしておりました。
能美市ですけれども、メモリーケア・ネットワーク能美というのが2011年度からありまして、医師会が中心となって、いろんな団体と地域内多職種協働に取り組んでいて、認知症対策、病病診連携、人材育成なんかを行っております。
特によかったのは、平成30年に医療コーディネーターを配置したことですね。これによっていろんなことができるようになりました。
主な取組として、こんな取組をいっぱいやっているんですけれども、このコーディネーターは、実はうちの病院の元看護局次長でして、外来、急性期~慢性期、小多機、地域包括支援センターなどを経験して赴任しました。ごみ屋敷の引き込もりの方が自宅でピアノコンサートを開いたり、大学病院から在宅看取りなどのコーディネートを依頼されて活性化させたり、本当にいろんなことをやっています。やっぱりキーマンみたいな人がいると大分変わるんだなというところで、石川県内でも期待されている医療コーディネーターです。
メモリーケア・ネットワークは、能美市のいきいきプラチナプランの中にもあるんですけれども、こういった互助づくりの支援体制を構築するような皆さんと、それから専門部会としてのメモリーケア・ネットワークと、こういうものが相互に連携しながらいろんなことをやっております。その中にはDXも入っています。
これは能美市の総合相談支援体制ですけれども、ここにあんしん相談センター、委託先:陽翠水とありますが、これが先ほどのG-Hilllsの中に入っている地域包括支援センターです。地域包括ケアシステムのさらなる深化を目指して、重層的な支援体制と整合性を図って、生活困窮や権利擁護などの複合的な課題を含む地域の課題をいろんなサービスや地域の支援につないで総合的に支援すると。さらに、デジタルの活用によって、よりよい地域づくりに向けて、DXにも取り組むということになっております。
もともと面白い取組がありまして、民生委員が年に1回見守りをする高齢者の聞き取りをするんですね。年に1回だけで、それも手書きだったんですが、それが全部デジタルになって、年に数回更新されています。それによって、名前とか生年月日とか住所とか電話番号、かかりつけ医療機関、ケアマネージャー、服薬状況などが分かるようになっています。ただ、いろんなデータベースとはリンクしていませんので、そのとき聞いた相談員がもし間違っていると、その間違った情報になりますけれども、これは消防隊員がいつでも見られるようになって、去年は33件、救急のときに使われています。
オンライン資格確認もそうだし、石川県にはIDリンクといういしかわネットもありますし、救急の場で使えるものはいろいろあります。そのほか、のみLINKというケアマネージャーが使う医療介護連携のSNS、動画や静止画が配信できて、リハビリとかいろんなケアのときに非常に役立つと。そしてもう1つは、2024年度は、共通の電子カルテを市内2病院と3診療所が使用開始。当院は7月1日から、もう1個の病院は4月1日からそれを使い始めています。
スマートインクルーシブシティ推進事業というのがありまして、ここでいろんなことをやっているところでございます。これ、デジタル田園都市国家構想の中で、お金を国と県からもらいながら能美市がやっている事業を我々が手伝っていると、医師会を中心にというところです。
最後になりますけれども、両病棟は御当地の少子化、超高齢社会の変化とともに、地域包括ケアシステムから地域共生社会の変化を支えていくんだと思っています。地域を支える中小病院がいろんな取組を実践する上で、地域包括ケア病棟は医療をよりどころとして、患者・利用者や職員、地域に安心と安全を提供できると思っています。地域とともに安心して持続可能性を追求できるように、地域包括ケアを推進する病棟をともに育てていっていただきたいと思います。
御清聴どうもありがとうございました。
加藤章信
先生、ありがとうございました。
当協会の会長として、今までの流れ、それから今後の取組、さらには先生の御施設といいますか、そこで共生社会を築くための能美市の行政の様々な企画に対して、大変積極的に連携されているという御紹介もございました。そして、一番最後にまとめとして、地ケア病棟のこの2つの病棟が、共生社会に対してこれから非常に必要になってくるんだということの方向性もお示しいただいたと思います。
この後、また総合討論の時間がありましたら、そのときにお出ましいただきたいと思いますので、お疲れさまでした。
それでは、第2席でございます。
演者は、北海道の砂川市立病院の病院事業管理者をお務めでございます平林高之先生に御登壇いただいております。
先生は1982年に北海道大学の医学部を御卒業されまして、循環器内科に入局されておられます。そして、2014年には砂川市立病院の院長、18年には病院事業管理者となっておられます。先生の病院は、まさにそのエリアの、かなり広いエリアのキーとなる基幹病院でございまして、そういった基幹病院での地ケアの意味ということについてもお話しいただけるものと思っております。タイトルは、ここにございますように「基幹型病院の地域共生社会実現に向けた取組」ということで御発表いただくことになっております。
どうぞよろしくお願いいたします。
「基幹型病院と地域共生社会実現に向けた取り組み」
平林 高之(砂川市立病院病院事業管理者)
加藤先生、御紹介ありがとうございました。
砂川市立病院の平林でございます。
私に与えられたテーマは「基幹型病院の地域共生社会実現に向けた取組」でございます。副題として「地域包括ケア病棟を維持するための取組」とさせていただきました。
当院が位置する地域の現状と当院を取り巻く医療環境をお話しし、地方の基幹急性期病院が抱える問題点と、地域包括ケア病棟運営に関して、今回の診療報酬改定がもたらす影響についてお話ししたいと思います。
まず、当院の概況について御説明いたします。
診療科は28科、病床数498床。一般408床、地域包括ケア病床44床、常勤医師数110名、看護単位14単位、急性期入院基本料1、地域包括ケア病棟入院料2を算定しております。
病院機能としては、中空知地域センター病院、地域救命救急センター、へき地医療拠点病院、災害拠点病院、地域がん診療連携拠点病院、地域周産期母子医療センター、北海道認知症疾患医療センターなどの指定を受ける中、地域の要請から訪問看護ステーションを開設し、高度急性期から回復期医療、在宅医療までも担っております。
当院の位置する砂川市は北海道の内陸部にあり、北海道第1の都市である札幌市と、第2の都市である旭川市のほぼ中間地点にございます。大都市から70~80キロ離れた、人口1万5,000人余りの小市であります。市内に病院は、124床の精神科病院と、無床診療所が3施設あるのみです。高齢化率は40.1%に達しております。当院の属する中空知二次医療圏の面積は、東京都に匹敵する面積を持ち、そこに約11万人が暮らしております。
当地域はもともと炭鉱地帯でございましたけれども、現在は農業を中心とした典型的な過疎二次医療圏でございます。人口流出と少子高齢化が大きな問題であり、病院運営にも大きな影響を来しております。急性期医療は隣接する滝川市立病院も担当しますが、一次救急から三次救急まで担う当院への依存は大変大きいものがございます。
中空知医療圏の医療機関は地域全体で17病院であり、そのうち自治体病院は6病院、当院と滝川市立病院以外は慢性期療養が主体でございます。民間病院は脳外科病院が1つ、それ以外は精神科病院と療養型病院が占めます。回復期は1病院のみ、当院を含め4つの自治体病院に地域包括ケア病棟が併設されております。
当院が属する中空知医療圏の医療・介護需要の予測です。緑線で示します医療需要は2015年にピークを迎えており、赤線の介護需要も2025年がピークと予想されております。
必要病床数の推移です。急性期、慢性期の必要病床数は減少しますが、回復期は必要病床数が増加しています。現在、当地域での問題点は、回復期病床が大きく不足している点です。
当院患者の地区別構成比です。中空知には5つの市と5つの町があり、それぞれに自治体病院や診療所が設置されています。当院は砂川市の自治体病院でありますが、現実は、スライドのごとく、入院患者では砂川市民は30%弱、外来患者では40%弱にすぎません。当院は、市立病院でありながら、中空知全域の自治体の医療を担う使命を持つことになります。
中空知の受療行動です。空知には、北空知、中空知、南空知と3つの医療圏がございます。当院が属する中空知の自給率は86.7%で、旭川に隣接する北空知や札幌市に隣接する南空知に比べ自給率が高く、急性期医療はもちろんのこと、回復期、慢性期においても地域完結型医療を実践してきました。札幌市、旭川市と70~80キロ離れる地理的要因と、地域住民の医療を地元で完結してほしいという要望に応えるため、病院を整備し、不足する回復期病床として地域包括ケア病棟が機能しております。
当地域の問題点について御説明いたします。
回復期病床の不足が深刻です。中空知全体で回復期病床が不足しており、当院のポストアキュート患者を引き受ける医療機関が足りません。人口減と近隣の医療機関の医師不足、医療従事者不足が深刻で診療規模の縮小が起こり、さらに開業医の高齢化で閉院が進んでいるため、新たな医療機関の新設が望めません。安定期の外来患者を受け入れる医療機関が少ない状態です。医療機関の機能分担が進んでいません。
当院の使命について御説明いたします。
急性期病院でありながら、回復期医療、在宅医療までカバーすることが求められています。地理的には地域完結型医療の中心であり、幅広い領域の診療が求められています。回復期を含めて、地域で不足する医療機関を担うことが求められています。
当院の地域包括ケア病棟の現状について御説明します。
これまで地域包括ケア病棟には短期滞在手術患者の入院が認められ、施設基準に組み入れることができましたが、今回の診療報酬改定により、短期滞在手術患者の扱いが変わりました。当院では、眼科患者を多く地ケア病棟で受け入れることで基準をクリアしてきましたが、それができなくなり、多大な影響を受けております。
昨年度の当院での地域包括ケア病棟の入院患者の受入れ状況について御説明します。
当院の地域包括ケア病棟の役割ですが、自院のポストアキュートの受入先としての役割がほぼ全てであることです。
これからお見せするスライドは、今回、厚労省の皆様がいる前で出すのはどうかなと考えているんですけれども、これから当院の状況についてお見せします。
短期滞在手術患者、当院では眼科が主体になりますが、を含めた全体での診療科別の延べ入院患者数です。延べ入院患者数では、整形外科が35.7%で最多で、脳神経内科、内科、眼科と続いております。短期滞在手術患者を含めた全体の診療科別の実患者数においては、短期滞在手術患者である眼科が47.3%と、最多となります。そして、整形外科、脳神経内科、内科と続いておりました。
次は、短期滞在手術患者を除いた診療科の延べ入院患者数です。整形外科が38.7%と最多となり、脳神経内科、内科と続きます。
短期滞在手術患者を除いた診療科別の実患者数です。延べ患者数と同様に、整形外科が35.3%で最多で、脳神経内科、内科と続いています。
短期滞在手術患者を含めた全体の入退院の状況を示します。入院先では、一般病棟からの転院は43%、自宅からの入棟は51%、緊急の入院は5%、退院先では、自宅退院が83%を示し、施設基準を満たすことになります。
次は、短期滞在手術患者を除いた入院先、退院先の状況です。一般病棟からの転棟は83%となり、自宅からの入棟は6%と、大きく減少します。退院先でも、自宅退院が69%と大きく減少しました。
地域包括ケア病棟の各施設基準を、短期滞在手術患者を含んだ場合と除いた場合で比較しました。自宅からの入棟患者は、短期滞在手術患者を除くと9.69%と大きく基準を下回りました。一般病棟から転棟した割合も81.6%と基準を大きく上回りました。在宅復帰率、緊急患者受入れについては、何とか基準をクリアできた状態です。
2024年度診療報酬改定に向けて対策を取らなければならないと考えました。これまでお話ししたとおりの使命、役割を鑑みて、地域ケア病棟は何としても維持しなければならないと考えております。短期滞在手術患者を入院させられなくなりましたので、対策が必要です。いろいろなシミュレーションを取りながら対策を取っても、急性期一般入院料1を維持できるだろうと考えておりますけれども、看護必要度A3C1、A2C1はクリアすることが求められております。今回、地域包括医療病棟が新設されましたが、当院では施設基準の関係から取得は選択しないことにしました。
診療報酬改定への対策として、地域包括ケア病棟入院料2を維持するために、自院からの転棟患者割合65%未満を維持し、自宅からの直接入院患者割合を維持するために、診療点数を考慮しながら、口腔外科、整形外科の一部の患者を入院対象とすることを考えています。自宅から入院、緊急入院患者を維持するために、救急患者の受入れをさらに拡大します。
実は、一般診療科の自宅からの入院患者や緊急入院患者受入れは、急性期病棟で入院させたほうが経営的には有利だと分かっているんですけれども、地ケア病棟を維持するために、ある程度仕方がないと割り切っております。
いろいろ感じることがございました。地ケア病棟のジレンマと書きましたけれども、当院にとって、ポストアキュートの受入先として地ケア病棟は必要です。経営上は地ケアを返上し急性期に特化したいところですけれども、地域の実情が許しません。当院にとってポストアキュートの受入れは自院患者が中心となりますが、診療報酬改定でハードルが高くなりました。13対1の看護体制で高齢者救急患者を受け入れることは、看護師の負担が非常に大きく、しかし、やらざるを得ません。国は、ポストアキュートを主体としている急性期病院は地ケア病棟を持てないようにしているのではないかと感じています。規模の比較的大きな急性期病院は地ケアを手放せという国の意向があるのではないかと感じてしまいます。本来地ケア対象でない患者を受け入れて数字をつくっているという後ろめたさを常に感じております。
まとめとしまして、医療資源の少ない地域でポストキュート機能を担う医療機関も少なく、当院のような急性期病院でもポスターキュート機能を維持しなければなりません。ポストアキュート機能が維持できなければ、患者の行き場がなくなり、地域包括ケアシステムが崩壊する可能性があります。地ケアを維持するための施設基準が改定され、対応に苦慮しています。地ケアのポストアキュート機能は、医療資源の乏しい地域の地域共生社会実現には必須の機能であると国にも強く認識していただきたいと思っております。
以上です。
御清聴ありがとうございました。
加藤章信
先生、ありがとうございました。
北海道の中空知という、東京都の面積と同じぐらいの非常に広域な医療圏の抱える問題にフォーカスを当てて、先生の病院としてはオールマイティーの機能を持っていなければならないんだということであります。そういったことで、今回の診療報酬の関係で地ケアの使い方に工夫が必要となったということで、特に基幹病院でオールマイティーの機能が求められている中で、地ケアをどういうふうにすればいいのか。共生社会を実現するために地域の実情を鑑みた、そういった施設基準についても希望を出されているということを理解させていただきました。後ほどまた、総合討論のときにお時間があればお伺いしたいと思います。
先生、どうもありがとうございました。
それでは、続きまして、第3席に移ります。
演者は、医療法人聖峰会田主丸中央病院理事長の鬼塚一郎先生にお願いしております。
先生は1992年に久留米大学の医学部を御卒業で、心臓・血管内科に入局されておられます。2004年にボストン大学に御留学された後、2012年から田主丸中央病院の院長先生、そして2015年には法人の理事長先生に御就任されておられます。
先生は、昨年の第9回地域包括ケア病棟協会の学術研究大会で大会長をお務めで、非常に成功裏に終わったんですが、その次の日から、大変な洪水といいますか災害に見舞われまして、先生の持ち前の大変なガッツで、また今もりもりと復帰されて頑張っておられるという状況の中で、地域の問題点についてお話しいただけることになっております。ですから、タイトルも、「地域密着型病院の地域共生社会に向けた取組」として、副題として「災害を乗り越えて」というタイトルでお話しいただけるものと思います。 先生、どうぞよろしくお願いいたします。
「地域密着型病院の地域共生に向けた取り組み(災害を乗り越えて)」
鬼塚 一郎(医療法人聖峰会田主丸中央病院理事長)
加藤先生、過分な紹介ありがとうございました。また、このような発表の場を与えてくださった会長の仲井先生並びに大会長の西村先生、心より感謝申し上げます。
「地域密着型の地域共生社会に向けた取組~災害を乗り越えて~」ということで、抄録の内容と少し変えておりますので、御容赦ください。
まず、御挨拶です。
昨年、ただいま加藤先生より御案内ありましたように、本大会直後の7月10日、北部九州における大雨で、当医療法人聖峰会は、本体である田主丸中央病院をはじめ、老健施設とグループホームが一度に床上浸水の被害に遭いました。特に病院は、高額医療機器をはじめ、診療に関するほとんどの機能が1階部分に存在するため、壊滅的な被害を受けました。しかしながら、本協会の会員の皆様をはじめ、地域の方々や全国の同胞から物心両面にわたる御支援を受けて、年末には全ての機能が復旧をいたしました。本日の講演は、そのような御支援をくださった方々への感謝の気持ちを込めて、また、今後同様の災害に遭われた方々に少しでもお役に立てればとの思いでお話しさせていただきます。
当院の概略を御説明します。
当院は地域医療支援病院で、数年前に災害拠点病院に指定されておりました。今年で70周年を迎えます。病床数は343床で、地域包括ケア病棟はもちろんですが、急性期から精神科や緩和ケアまであるケアミックス型の病院です。病院の理念は、「地域のために 地域とともに」を掲げています。
当院は、福岡県の中部、筑後川の中流域に位置し、南には耳納連山という東西20キロに及ぶ連山が屏風のようにそびえております。福岡市西区にある85床のマリン病院のほかは、図に示した介護施設を含めて、ほとんどが久留米市東部からうきは市にかけての筑後川流域に点在している状態です。
これが、隣の介護老人保健施設の2階から眺めた病院と、その前の駐車場の晴天時の様子です。これが、当日はこういう状況になりました。もう周り一帯が湖という状況です。
当院の地理的状況について、Googleマップでちょっとお示しします。こちらに筑後川が流れて、ここに筑後川の支流の巨瀬川というのが流れています。ここが耳納連山です。当院はこちらにございまして、病院、それから老健施設、グループホームというふうになっています。横に久大線というJRが走っていて、これが土手をつくっておりますので、山側から流れてきた水が全部、この久大線にせき止められてこの一帯が水没するという状況が生じました。今回、垂直避難で患者さんが助かった病棟がここになります。御覧のように三角形のような敷地をしておりまして、割合だだっ広い敷地に平たく建てられた病院です。
施設周辺の状況をお話ししますと、2015年、9年前に豪雨により病院周囲が水没。駐車場が冠水し、公用車のうち数十台が廃車となるということが突然起きました。そのときだけかと思ったんですけれども、その後、毎年のように同様の事象が続き、豪雨のたびに高台への公用車移動というのが恒例行事となっておりました。これ、なぜか分からないんですけれども、多分、気候変動と耳納連山の保水力の低下、宅地開発による水田の減少など、複合的な要因ではないかと考えております。また、病院の玄関近くまで増水することも珍しくなくなり、いつかは床上浸水が来るというふうに考えていました。そういう点では、職員とともに危機感の共有というのはできていたと思います。よって、被災前の対策として、浸水時に院内でも最もリスクが高い区域として考えられる北1階病棟の患者さんの垂直避難訓練は1~2回実施しておりました。また、こういうふうなプラスチック製の持ち運びができる止水板をいつでも準備できるように訓練し、病院の各入口には土嚢ボックスを配置して準備はしておりました。
7月10日の気象レーダーです。午前3時から6時、9時と田主丸の上を線状降水帯が微動だにしないと、6時間にわたって雨が降り続き、このときの降水量が、1時間当たり90数ミリというのが観測史上最大だったようです。
7月10日未明の動きです。朝6時に施設課長より、床上浸水まで残り10センチのところに迫っています、どうしましょうという連絡が来ました。そのときに雨雲レーダーを見て、線状降水帯がしばらく停滞することを予測し、垂直避難がよいのではと返事をしました。それとともに病棟スタッフを中心に垂直避難を準備し、6時半、全館放送でスタッフを招集、垂直避難を開始。わずか30分で北1階病棟入院患者49名の垂直避難が完了。そして、ほぼ同時にエレベーターが停止するという、危機一髪の状態でした。しかし、翌朝の院内はこういう状況です。
施設・設備の復旧状況をお示ししますと、まず7月10日、大雨浸水、停電、断水で、夕方にDMATが到着しました。九電工とか地域の方々の懸命の働きで翌日には電気が復旧し、翌々日にはトイレ、エレベーターが復旧。委託している富士産業というところがキッチンカーを派遣してくれて、こういうところで給食のようなものをつくってくださいましたので、非常食を食べるのはわずか2日で済みました。その後、伯鳳会の古城先生のところが、こういうメディカル・コネクスというCT車、手前は発電機と血液検査の機械、エコーが積んであるものをわざわざ東京から、本人もおみえになったんですけれども、東京の曳舟病院から持ってきていただいて、CTが撮れるようになりましたので、外来診療がわずか1週間で再開できることになりました。もちろん、この間にボランティアの方が一生懸命掃除してくれたのが大きかったです。その後は、順次、こういうふうにいろんな物資が、設備が整いまして、年末に全てそろったという状況でした。
災害復旧に関して最も力をいただいたのが、1日150名を超えるボランティアの方々でした。このボランティアさんたちの献身的な清掃活動がなければ、広大な病院や老健、グループホームの1階部分が泥だらけの状態からわずか1週間でぴかぴかに磨き上げられるということは決してあり得ませんでした。
一方で、当院からさほど遠くない耳納連山中腹の竹野地区の状況です。これ、川じゃなくて道路なんですよ。山から下りてくる水がこういうふうに川のように流れて。結局この上のほうで土砂災害が起こったんですが、そこは、その後行くとこういう状況でした。この辺一帯は竹林と、それから民家がずっと並んでいたらしいんですけれども、まるで原野のようになっています。全て押し流されたようです。一人お亡くなりになりました。こっちの山のほうからずーっと土砂が流れ込んできたとのことでした。このときの患者様は全然受け入れることができなかったんですけれども、これでうちは災害拠点病院と言えるんだろうかと反省させられた次第です。
ここ数年毎年のように筑後川流域で起こる水害、どのような大雨でも医療を止めないということで、まずは当院そのものが水害に強くなければなりません。
これまで同じような被害に遭った複数の病院を見学させていただき、次の梅雨時期までにできる最大最良の対策は何かを考えた結果、当院の敷地周囲630メートルを防水壁で取り囲み、人や車の出入口約10か所を止水板でブロックする。また、この内側には30台のポンプを取り付け、敷地内に降った雨を外に吐き出すという方法を選択しました。これ、ちょうどこの色が変わっている茶色のところ、この茶色の下線のところまで水が来たという印です。
また、院内の放射線科や手術室など重要なエリアは、短時間で取り付けられる院内止水板を設置し、二重にブロックする方法を取りました。また、薬剤科や検査科など各部署に、「床上30センチ」を合い言葉に独自の止水対策を考え取らせました。リハビリのこういう機械は巾着袋式に守るということも教わりました。
今回の水害で、私をはじめ職員には、自分たちが地域の人々から愛され必要とされているのだという自覚が一層強くなったと思います。当院の清掃が一段落したら、早速、今度は聖峰会が地域を助ける番だと、ボランティア活動に乗り出しました。
今回、地域共生社会というテーマですので、それに絡めてお話ししたいと思います。
人間、このような劇的な非日常を体験すると、何か悟りのようなものを得るものです。今回の水害を通じて悟ったことは、医療機関、特に災害拠点病院たるもの、普段の医療活動はもちろん、天変地異の際は入院患者や住民を守る使命があるということ、そのためには自然災害に強い病院になっておかないといけないということです。
また、当院は地域医療支援病院ですが、単に医療を支援するということでは済まされない。地域そのものを支援するという役目を担っているということを強く自覚しました。もし聖峰会が破産するということになれば、1,000人に及ぶ職員とその家族、関連する企業に大きな影響が出ます。今回、災害を乗り越えて存続していかなければ、せっかくつくってくださった地域の方々に御迷惑をおかけすることになるのだと、事業継続の責任を強く感じました。
そして、多くのボランティアさんが駆けつけてくださった際は、一種お祭りのような活気を感じました。不幸なイベントではありましたが、何かここで活動を行うと、そのことが遠方より人を引きつけるということを、変わった形ではありますが、体験した次第です。
当院も、コロナ前は30年にわたり毎年チャリティーコンサートを開いていましたが、採算は取れなくてもやり続けることが地域の活性化や発展につながり、それが当法人の理念にかなうものだということを強く感じました。
赤字事業といえば、当院は病院併設のスポーツジムを毎年1,000万円以上の赤字を出してやっていますが、今回、さらに赤字覚悟で数千万ほど投資して本格的なスポーツジムに建て直し、地域の若者も引きつけ、高齢者も引きつけ、そして要介護状態を未然に防ぐことにつなげていくことを考えています。その根底には、今回駆けつけてくださったボランティアさんたち、つまり、人が報酬を顧みず活動するときの、何と生き生きとして楽しそうにしていることかということに触発されたという感があります。
病院は、安心・安全はもちろんですが、地域に対し、災害に遭っても負けない勇気、そしてそこからさらに発展する夢と希望を届けなければならないという感覚、そのようなものを得たような気がいたします。
そんな格好いいことを言っても、先立つものがなければできないだろう。私も今までそう思っていましたし、その考えを脱却したわけではありません。今回、被害総額が30億円、防水施設整備が約10億円かかります。保険金や災害復旧補助金を入れても、収支は20億円の負債、赤字です。しかし、社会医療福祉機構から20億円の融資を受けることができましたので、資金ショートは免れました。もちろん、今後返済していかなければならない負債であることに変わりはないのですが、それでも、法人というものは資金ショートさえしなければ何とかなるもんだという感覚を得たのは事実です。
今回の被災に関しては、会場にいらっしゃる多くの仲間をはじめ、全国の同胞、協会、団体から、人、物資、そして多くの御寄附をいただきました。もちろん、それでも損害額には遠く及びませんが、人々を、あんたのところはよう頑張っとるから少しは金をくれてやろうというような気持ちにさせることができているかどうかが、地域密着型病院としての真価を問われるところではないかと考えます。
聖峰会は現在、持ち分を放棄した基金拠出型医療法人ですが、ただいま社会医療法人に向けて準備中です。地域が必要としていることを掛け値なしで頑張ってやる、それを周りが認めてくれるか。認められて何ぼという考え方が、地域共生社会における地域密着型病院の、もしくは社会医療法人かと考えた次第です。
今回の10億円近い費用がかかる防水壁工事、機械棟の建設、これらに関しては国や県からは一切の補助金が出ませんでした。そこで、当院はREADYFORというところを使ってクラウドファンディングを立ち上げました。医療機械とかそういうものは自前でどうにかするということが建前なんでしょうけれども、こういう自然災害のような、自らの力でどうしようもないものについては、人にすがっても恥ずかしいものではないと考え、クラウドファンディングを立ち上げるに至った次第です。もし御理解いただける方がいらっしゃいましたら、御協力並びに拡散いただけると幸いです。 御清聴ありがとうございました。
加藤章信
鬼塚先生、大変ありがとうございました。
昨年の水害について、地理的な環境を最初に御紹介いただきまして、その後、7月10日の緊迫した、切迫した状況、それから、その後のスピーディーな復興、防水壁や院内外の止水板、ポンプの設置、床上30センチの浸水対策、様々御紹介いただきました。
私どもの岩手県も、2011年の東日本大震災津波で大変なことがあったわけですし、今年の1月には石川県のほうで、先ほど会長からも御紹介ありましたけれども。やはりもう何か日本って安全なところはないよねというような状況があろうかなと思います。
先生が、地域が医療を支えるということだけではなくて、医療が地域を支えるんだという、いわゆる共生社会に向けた、地域密着型病院としての今後の覚悟といいますか、信念といいますか、そういうものを非常に力強く御発表いただいたと思います。後ほど、時間を見てまた総合討論させていただきます。
先生、どうもありがとうございました。
それでは、第4席でございます。
一般財団法人の三友堂病院理事長をお務めでございます仁科盛之先生から御発表いただきます。
先生は1976年に日本医科大学の医学部を御卒業されまして、東京女子医大等々で様々臨床をなさった後、1989年に財団法人三友堂病院にて外科医師として入職された後、1997年には病院長、そして2003年には理事長に御就任されて、現在に至っておられます。
山形県では、幾つかの病院で病院の合併とか統合というようなものが非常に精力的にといいますか行われております。公立の米沢市立病院と民間の三友堂病院が様々な工夫をして一緒になっておられるわけで、「人口減少、高齢化、人手不足に負けない質の高い医療連携を目指して」ということで、先生の御施設の取組について御発表いただくことになっております。
先生、どうぞよろしくお願いいたします。
「人口減少、高齢化、人手不足に負けない質の高い医療連携を目指して」
仁科 盛之(一般財団法人三友堂病院理事長)
加藤先生、丁寧な御紹介ありがとうございました。皆さん、こんにちは。
今回、第10回地域包括ケア病棟研究会に、このような発表の機会を与えられたことに対して、光栄であり、厚く御礼申し上げます。西村先生、ありがとうございました。また、協会会長の仲井先生、ありがとうございました。
早速ですが、始めさせていただきます。東京などの大都市以外、特に東北地方では人口減少、高齢化および少子化が進んでおり、我々医療人にとっては、医療環境が激変するということで、医療のレベルを維持していくということが、難しい時代になってきたと、ひしひしと感じているところです。
本日は「人口減少、高齢化、人手不足に負けない、質の高い医療連携を目指して」というテーマでお話しさせていただきますが、ただいま御紹介がありましたように、公立の米沢市立病院と民間である我々の三友堂病院が、隣接して新病院を建設し、医療機能を分担して連携していくという新たな取り組みを御紹介したいと思います。
当院の所在地である置賜地域というところは、山形県南部に位置する二次医療圏になります。令和5年1月時点で人口は約19万5千人、医療機関は20施設になります。そのうち民間病院は12施設で、患者さんの医療のエリアとしては米沢市と、それ以外の西置賜・東置賜地区に大別され、その西置賜・東置賜地区に公立置賜総合病院といって500床規模の基幹病院があります。一方の米沢市には、移転前にはなりますが、我々の三友堂病院185床と三友堂リハビリテーションセンター120床、米沢市立病院が320床とこれらの病院を中心とした医療エリアになっておりました。
当時は米沢市立病院が基幹病院として、三友堂病院は準基幹病院として、専門性の高い、急性期医療を中心にやっておりました。また、三友堂リハビリテーションセンターは回復期のリハビリテーションを行っておりました。
それが去年の11月に、おかげさまで公立病院と民間病院とがドッキングして、真ん中にアメニティーセンターを共同利用施設として併設する形で新病院が完成いたしました。
ここに至るまでのバックグラウンドというのは、少子高齢化により人口減少が次第に進み、最近まで置賜二次医療圏は20万人以上おりましたけれども、年々減って20万人を切っている状況です。さらに米沢市は8万人を切り、7万5千人くらいに人口減少しているところです。当院では、医師不足と常勤医師の高齢化が問題となっており、米沢市全体としても救急医療の維持が非常に厳しい状況に置かれているという現実があります。将来を見据えた地域医療の確立にためにどのようにしたら良いかということで、いろいろ検討を重ねた結果、米沢市立病院に隣接する形で三友堂病院が移転して、そして隣同士で今回の医療のプロジェクトを実現することになりました。
このもとになるのが、米沢市の医療連携あり方委員会という組織になりますが、救急医療を中心に地域医療をどのような形態にして連携していくかということでこの委員会で検討を重ねました。その結果、米沢市立病院は急性期医療、三友堂病院はそれ以外の医療を担うこととして、三友堂病院は米沢市立病院をバックアップしていこうということになりました。
再編のスケジュールですけれども、平成28年に当時の米沢市長が、このままでは米沢市の救急医療が危機的な状況になるということで、私の方に面会に来られまして、当法人としても今後の地域医療を何とかしようと考えておりましたので、平成29年に先程お話しした米沢市医療連携あり方委員会を設立して、米沢市立病院と三友堂病院の再編・統合による機能分化について計6回に分けて検討し、ある程度の結論を得ることができました。その後、両病院ともに新築移転を前提として協議を進めていくことになりました。
そして翌年、平成30年、第1回の病床機能調整ワーキングで、米沢市立病院と三友堂病院の医療機能のあり方について、米沢市立病院は急性期、三友堂病院は後方支援、地域包括ケア病棟をはじめ回復期医療に特化して、医療機能を分担するということを説明したところです。
第1回の置賜地域保健医療協議会では、病院の統合・再編の事業に関して、重点支援区域申請に関わる協議が行われることになりました。これは国土交通省の関連になりますが、こういうことを協議しました。そして、第2回の置賜地域保健医療協議会で、米沢市立病院と三友堂病院、またうちの関連病院であります三友堂リハビリテーションセンターの統合再編を協議して、これが協議会で承認されて、医療審議会で諮られ無事に認定されました。そして、令和3年1月に厚生労働省から重点支援区域に選定されることになりました。
令和3年4月、都市再生特別措置法に基づく都市再生整備計画ということで、米沢市立病院と三友堂病院の新病院建設事業が位置づけられ、令和3年6月に両病院の建設実施計画を練り上げ、工事着工に至りました。そして、令和5年に再編計画を厚生労働大臣の認定に向けて、そして地域医療構想調整会議で承認されたところです。令和3年7月には、米沢市立病院の一部解体と外構工事が着工し、令和5年11月1日に新病院を開院したところです。また、同時に地域医療連携推進法人「よねざわヘルスケアネット」を設立いたしました。
今回の新病院のコンセプトとしては、先ほども話しましたように、両病院の医療機能の効率性と医療の質の向上を図るため、米沢市立病院は急性期を担い病床数は263床、三友堂病院は回復期を中心とした急性期以外の機能を担い199床の病床数でスタートしました。
外来機能についても、慢性期の患者や在宅医療等の後方支援、慢性人工透析は当院で行い、緩和医療、在宅医療、人間ドック・健診といったところも当院が担うことになりました。
この両病院の建設に関しましては、両院の間に民間資本を活用したアメニティーセンターを併設しています。このアメニティーセンター内に三友堂給食センターを設置して、両院へ療食を提供しています。レストランやコンビニ、院内保育所、会議室なども両院で共同利用しています。そして、エネルギーセンターも隣接して建設して、それぞれの施設へエネルギーを送っています。
まとめになります。三友堂病院の地域包括ケア病棟は2015年に届出を行っておりますが、医療機能の分担により、米沢市立病院の地域包括ケア病棟も三友堂病院に集約する形としております。従いましてポストアキュートとかサブアキュートは、当院で担うということになります。そして、両病院のスムーズな連携は、患者サポートセンターを窓口として転院の調整を行っています。隣接した病院において両院をつなぐコモンストリートを利用し、安全に、またスムーズに転院することができるようになりました。三友堂病院と米沢市立病院のこのプロジェクトは機能分化を図り、ウィン・ウィンの関係で効率的な医療を提供し、そして官民が融合することによって、独立採算制でお互いの経営形態を維持しながら目的を果たしていく。官のよさ、民のよさを補完して、地域医療のあるべき姿を今後も探求しつつ、常に市民の目線に立った医療を提供するというプロジェクトであります。
全国でも官と民が共同で行うプロジェクトは、あまり聞いた話はございませんけれども、ぜひともこの新しい取り組みを成功させ、モデルとなれるよう努力して参ります。 御清聴ありがとうございました。
加藤章信
ありがとうございました。
経営母体が違う官と民が一緒になって、それぞれの病院がもともと持っていた特徴を活かした形でさらに進めていこうという、先生もおっしゃられましたけれども、全国でもあまり例がない取組について、非常に詳細に、分かりやすく御紹介いただきまして、
先生どうもありがとうございました。
パネルディスカッション(まとめ)
司会の不手際で、あと5分ぐらいしかないということですので、先生方に壇上に上がっていただくというのもちょっと時間的に難しいものですから、フロアからこれだけはちょっとこの先生に聞きたいんだけどというような御質問がもしあれば、1~2お受けできるかと思いますが、よろしいでしょうか。いかがでしょうか。
特にないようであれば、会長の仲井先生から、ほかの3名の方の御発表もありましたけれども、何かこれだけは言いたいよねというようなことがあれば、特別発言といいますか、少し御発言いただければ大変ありがたいと思います。
仲井培雄
皆さん、どうもありがとうございました。
それぞれにそれぞれの思いとそれから問題点、いい点が出ておりまして。私のことは置いておいて。
平林先生は、400床越えの大病院における地域包括ケア病棟のポストアキュート機能の使い方ですよね、どうしたものかと。でも、そういう使い方しかできないということもよく分かりましたし、別にルールを破っているわけではないので、致し方ないのだろうなというふうに思います。
鬼塚先生は、もう本当に何か言葉は悪いですけれども、去年の大会直後、有頂天でみんなでお祝いしていたところ翌日病院が水没して、天国から地獄みたいな状況になってですね。何かおかしいぞと、徐々に不安をあおるような情報が入ってきて、本当にひどい目に遭われて、私も本当につらかったです。でも、今伺って、それを乗り越えてすばらしい地域医療を続けられているのに感銘いたしました。
最後に、仁科先生ですけれども、今お隣に眞鍋先生いらっしゃったんですが、ほかには聞いたことがないと言われておりましたので、恐らく全国初の官民合築の取組なのではないかと思います。
私、実は西村先生と話して、仁科先生の話を聞こうよと。雑誌で見て、これは面白いと。欧米にはあるパターンですけれども、日本では今まで聞いたことがない。しかも、真ん中でつながっているというのが面白いなと思いまして、じっくりお話を聞けて、大変勉強になりました。これを機会に、似たようなケースがあれば、皆さんもヒントになったんじゃないかなと思いました。
以上でございます。
皆さん、どうもありがとうございました。加藤先生もどうもありがとうございました。
加藤章信
仲井会長には、突然の御指名でコメントいただきまして、ありがとうございました。
パネルディスカッションとして、4人の先生方から様々な御発表をいただいたと思います。それぞれの御施設の置かれた地域の実情やバックグラウンドが違うわけでありますけれども、やはり人口減少、それから高齢化というところは共通しておりまして、地域包括ケアシステムを推進するということが、地域の共生社会を進めていく上でのキーであると思いました。
演者の先生方から、工夫を凝らした、チャレンジングで元気なお話を伺うことができましたので、フロアの皆様にとっても、大いに元気をもらうことができたのではないかと思います。 最後まで熱心に参加いただきました皆様方にお礼を申し上げまして、このセッションを閉じさせていただきます。ありがとうございました。